『ずっとずっと――だった。』





あたし浅古 紗帆(アサコ サホ)と白石 桂醍(シライシ ケイダイ)は小学校3年生の頃からずーっと友達。

何故かというとそのころのあたしは男みたいで(今もだけど)男の子と遊ぶことが当然のように感じていたから。

だけど、女の子の友達も多かった。

なんかカッコいいとか言われ小6のころ告られたことがある。

ちょっとびっくり。

そんな幼かったあたしたちは今、高校生になっている。

「あっ桂醍!同じクラス!」

入学式あたしは今も友達で一緒の高校に行くことになった桂醍と一緒にクラス表を見ている。

「げっ!また!?」

桂醍は表を見るなり溜息。

あたしは思わず笑った。

「嬉しいくせに♪」

「なわけねーじゃん。」

馬鹿言って冗談言い合ってあたしたちはいつもそんな関係だった。

中学校の頃からそんな感じだったもんで、カップルになんか見られることはなかった。

もちろんあたしは桂醍のこと男として意識したことはない。

なんか、友達って感じでそれ以上は何も求めていなかった。

桂醍にとってもあたしはそんな感じだったと思う。

だって、お互いいろんな相談した。

恋とか、部活とか、勉強とか。

普通の友達がやってること・・・普通にやってきたから。



新しい教室。

あたしはなんだかそわそわしてた。

この高校に行ったのはあたしと桂醍だけ。

本当は女友達いないと不安になるかなって思ったけど桂醍がいるって思うといつも安心できた。

なんか、兄弟みたいだって思った。

席は名前の順。

あたしはさっそく周りの子に話し掛けた。

「初めまして♪あたし、浅古 紗帆。これからよろしくね。」

「あっうん。」

その挨拶をほぼ全員と交わしたあたしはその後桂醍のもとに向かった。

「どうよ桂醍?可愛い子見つかった?」

「ん〜紗帆の斜め右に居た子可愛いべ?」

「あ〜あたしも思った!なんか、ほんわかしてるっていうか!こう抱きしめたくなるっていうか!」

「そうそう!さすが紗帆!わかってんじゃん!」

その後いつもの決め合図。

あたしたちは意見が合うと手のひらと手のひらを合わせた。

はたからみればどんな感じなんだろう?

カップルかな?それとも仲のいい兄弟?

見かけなんてあたしはどうでもよかった。

「そういう紗帆こそ誰か見つけた?」

「ん〜あたしタメは駄目。だって幼く見えるんだもん。」

「うわ〜言っちゃってるよ〜。」

「何よ〜!」

「そんなこと言ってるから女子に好かれたりとかするんだぜ?」

「いいじゃんよ!もしかして桂醍まだ根に持ってる?」

「・・・何を?」

「あっ!今間が合った!そうなんでしょ!まだ桂醍が好きだった女の子があたしのこと憧れで告白されてたこと恨んでるでしょ!?」

「違うよ!・・・ただ羨ましかっただけだい!。」

「へ〜。」

「・・・なんだその疑った目は!?」

「別に。」

それからチャイムが鳴り響きあたしたちは席に着く。

新たな教師に周りの雰囲気。

なんだかなじめるかとちょっと不安になったりした。



「あっ紗帆ちゃん。」

急に聞きなれない声があたしを呼び出す。

あたしはカバンを持ったまま振り向けば今朝桂醍が可愛いと言った女の子。

あたしは何事かと思った。

「ん?なに?え〜っと?」

「あっ、倉本 紀子(クラモト ノリコ)だけど・・・。」

「あ〜紀子ちゃん。どうかした?」

「今朝・・・紗帆ちゃんと会話してた男の子・・・彼氏?」

「ん?桂醍のこと?」

「うっうん。」

「ぷっ!違うよ〜!あれは友達♪」

「そっか。ならいいんだ。」

そういって彼女は嬉しそうに微笑む。

あたしはちょっとなんだか予感がした。

心の奥底に埋まってる感情がだんだんと顔を出す感じ。

「・・・もしかして、好きになったとか?」

あたしが尋ねれば彼女は白い肌を真っ赤に染めた。

それからすぐに彼女は頷く。

「げっ!」

あまりの驚きように声が響く。

少しだけ注目を浴びた。

「・・・何処らへんに惚れた系?」

「・・・目とか、髪型とか。」

そういわれて思わず桂醍を探した。

やつは結構目立つところにいて早くも新しくできた友達とつるんでいた。

そこから彼女の言う目と髪型をじっくりと見てみた。

(ん〜?普通じゃん!?)

あまりの何も感じないこの心に戸惑いながら適当に合わせてみたり。

「あ〜!あーあー!いいかもね!」

言い終わった後、焦った。

だって、彼女は真剣にあたしの顔を見ていたから。

「・・・うそです。はい。」

その表情の怖さに思わずあたしは謝る。

すると、彼女はなんだか楽しそうに笑った。

「あはは♪」

「?」

「紗帆ちゃんって面白いんだね♪」

その笑顔の可愛さにちょっと惹かれた。

可愛いなって、あたしにはない部分だなって思った。



帰る時間になって、あたしは桂醍に声を一応かけてみた。

「・・・桂醍?」

楽しそうに笑って話ししてるからちょっと尋ねにくかったり。

でも、彼は笑顔で答えてくれた。

「おお!紗帆じゃん。何?帰る?」

「うん。」

「OK!じゃ、俺も一緒に帰る。」

そういってカバンに荷物をまとめる。

周りにいた男子達はあたしの顔をマジマジと見つめた。

「えっと・・・何?」

ちょっと気になって尋ねてみたり。

すると周りの人は結構慌てたりするから驚いた。

「あっ!ごめん。だってさ、浅古って結構あれじゃん?なぁ?」

「そうそう。あれだからさ・・・意外っていうかなんていうかね?」

「おう!そうなんだよ!」

その慌てさにちょっと引いた。

それに気づいたか気づかないのか分からなかったけどすぐにそのキーワードの『あれ』の意味を教えてくれた。

「あっ!あれってね、美人とか可愛いってこと。」

「へっ?」

「だから、こんなアホっぽい桂醍と仲いいのが意外に感じただけ。」

「なに!アホだと!」

さり気に会話を聞いていた桂醍が乗り出してくる。

あたしは思わず笑った。

「ぷっ!」

その声に辺りは静まり返る。

ちょっと戸惑った。

「あっあれ?」

「・・・・いや!ごめん!なんでもない!」

クラスの友達は少し赤く染めた顔して誤る。

あたしはちょっと不審に思って手をその人に伸ばした。

オデコにちょっと触れてみたり。

「熱じゃないのね。」

「おわっ!」

その行動に遅れて驚く彼。

「でも変なの。顔が赤いよ?」

「!」

そのタイミングで桂醍があたしの手を掴み教室を飛び出した。

「ちょっ!何!?」

あまりの行動にあたしは驚く。

下駄箱についたとき桂醍はあたしの腕を離した。

少しだけ跡が残ってる。

(痛かった・・・。)

「お前さ・・・前から思ってたんだけど・・・。」

「ん?」

「・・・・」

桂醍の結構真剣な表情。

あたしは気づかぬまま尋ねる。

「なんでもねぇ。」

不意に反らされる顔。

ちょっと胸に走ったこの痛み。

(・・・何?)



さっきのことはまるで何もなかったかのように話し出す桂醍。

こういう時の桂醍の心はあたしにはわからない。

だから、何も聞かずにただただ話してた。

「そういえばさ、さっきあのコと会話してたよね。」

「ん?紀ちゃん?」

「おう。」

「気になる?」

「・・・また!お前は遊んでるのか!?」

「えへへ!だって、桂醍わかりやすいからさ・・・からかいたくなるの。」

「うわっうざい!」

「本気で思ってないくせに♪」

じゃれあって、遊んで、一緒に帰って。

友達だってこういうことするでしょ?

友達なら、一緒に帰るでしょ?

だからずーっと続くと思ってた。

この何もない日々が、一緒に帰る日々が当たり前だと思ってた。

ずーっと続くって。



今のクラスになってほんのちょっと過ぎた頃。

あたしたちの関係は少しずつ崩れていく。

恋愛というどうしようもない感情で。



 それは唐突にやってきた。

「ねぇ紗帆ちゃん?」

その声の正体はもちろん紀ちゃん。

あたしたちはあの日から仲のいい友達。

悩み事とか、桂醍ほどではないけど話したり。

だから、友達だった。

大切な・・・友達なんだ。

「あたしが白石のことスキなの知ってるよね?」

「うん。知ってるよ?」

「ならさ・・・一緒に帰ったり、学校に来たりするの止めてくれないかな?」

「えっ?」

「だって、ヤキモチ妬いちゃうんだもん。」

「またまた〜。あたし友達だよ?あたし桂醍と何にもないよ?」

「でも・・・嫌なんだもん。紗帆ちゃんだってそうでしょ?いつ女と男になるかなんて分かんないんだよ?もしかしたら、スキになっちゃうかもじゃん。」

「・・・あたしが?」

「その可能性もあるし、白石だってないわけじゃないんだよ。」

「・・・それはないでしょ?」

「なら、その場のノリとか。」

「ノリ?」

「男と女はね、愛情がなくたってその場のノリでやっちゃうようなもんなの。」

「・・・」

「だから・・・お願い。不安なの。」

ずーっとずーっと紀ちゃんの表情は真剣そのものだった。

これはもう、冗談とかじゃなかった。

『ごめん、できない。』なんていえるわけなかったんだ。

「・・・いいよ。」

「本当!?」

「うん。でも、今日が最後でいい?」

「なんで?」

「・・・ちょっと言いたいことあるから。」

「ん。わかった。じゃ、明日から別々に来てよね♪約束!」

そういって彼女は小指を差し出した。

今でも指きりなんてやってるのかよなんて思いながら小指を差し出す。

「指きりゲンマン!嘘ついたら針千本飲ます!」

とても楽しそうに嬉しそうに紀ちゃんは笑った。

(なんだろ・・・モヤモヤ?)

今日の帰り道。

あたしは最後なんだなって・・・思った。

いつしか放課後がやってくる。

あたしはちょっと風に当たりたくて屋上に足を伸ばした。

するとそこにはちょっと危ないシーン!

恋人同士がキスしてた。

あたしは思わず階段をすぐに下りる。

すると、足を滑らせた!

「きっ!きゃっ!」

気が付けばあたしの周りは温かかった。

ふと顔を上げれば優しそうな顔。

あたしは知らない人に抱きとめられていたのだ。

「うわっ!」

慌てて離れる。

その人はやさしそうに笑った。

「大丈夫だった?」

「あっはい!」

「ならいいんだ。」

そういって去っていく彼。

上履きの色が違った。

2つ年上の現在3年生。

「あっあの!」

あたしは呼び止める。

彼は振り返った。

「なっ名前教えてください!」

「俺?俺は野中 颯(ノナカ サツ)だけど?」

「野中先輩、ありがとうございました!」

「あっああ、お礼ね。いえいえ。」

笑って去っていく彼の姿。

なんだかさっきまでのモヤモヤが飛んでいく感じ。

ふわふわしてる。

(野中先輩か。)

なにやら恋の予感。

あたしは嬉しくなって教室に戻った。

静かな教室にはぽつんと一人桂醍の姿があった。

「あれ?みんなは?」

あたしが尋ねれば桂醍はなんだかぼーっとしてる。

あたしは何かあったなって感じた。

しかも、嫌なことじゃなくて・・・嬉しいこと。

桂醍のいやなときは嬉しそうに、何もないように嘘つく。

でも、嬉しいときはぼーっと考えてる。

だから、すぐにその内容も浮かんできた。

きっと、紀ちゃんが・・・告白でもしたのだろうと。

「紀ちゃんだ!」

大声で叫べば驚いて辺りを探す桂醍。

これが証拠だった。

「・・・」

やっとあたしの存在に気づいたのか、桂醍は顔を赤くした。

「本当分かりやすいよね、桂醍は。」

「えっ!」

「紀ちゃんに告白でもされた?」

「・・・おう。」

「生まれて始めての告白でしたか?」

「・・・おう。」

「返事は?」

「まだ。」

「なんで?」

「だって、明日でいいっていうし。」

「ふ〜ん。まぁ、いいや、早く帰ろ。」

この前とは逆にあたしが彼の腕をひっぱる彼はまだぼーっとしたまま。

嬉しいなら、付き合っちゃえばいいのに・・・そう思った。


「それでなんだって言われたのさ?」

あたしが尋ねれば桂醍は顔を赤くしながら呟き始めた。

「えっと、初めて会ったときから、俺の目とか髪型とか気になってたんだって。んで、最近スキになり始めたとかで・・・スキって言われた。」

「・・・ほうほう。んで、桂醍の気持ちは?」

「もちろん嬉しい!最高だぜ!考えてみろよ!やっと思いが通じて生まれて始めての彼女!俺はもう絶対にOKだす。」

「・・・」

(モヤモヤ?)

「どう思う?」

「・・・いいんじゃないかな?桂醍に彼女か〜先越されちゃったね。あたし・・・気になる人ができたんだ。」

「マジ!」

「うん。優しい人。」

「よかったじゃん!俺、応援してるからな!」

「うっうん。」

(モヤモヤ?)

胸の中がなんだか苦しい。

言葉がうまく出ないよ。

おめでとうって・・・言えないの。

これは病気?

これは何?

「・・・ならさ、桂醍彼女のこと送らないとね。」

「送る?」

「一緒に登下校するべきでしょ?」

「えっ!でも、紗帆は?」

「あたしは平気だよ。」

「でも・・・んじゃ3人とか?」

「馬鹿。二人っきりのが嬉しいくせに。」

「・・・本当に平気なのか?」

「おう!任せとき!」

「分かった。なら、お言葉に甘えて。・・・今日が最後ってことか。」

「うん。」

「最後なんだな。」

「・・・」

二人で見上げた空。

なんだかもう星が光ってて暗くなってて・・・お互いの表情なんか読めなかった。

寂しいって感じてるのはあたしだけ?

本当は一緒に帰りたいなんて思ってるのはあたしだけ?

そんなとき光る流れ星。

「「あっ!流れ星!」」

一緒に発した言葉。

お互い顔見て笑った。

(最後なんだね)



次の日から寂しい朝。

いつも待ち合わせしてた場所には彼はもちろん居るはずもなくて、とぼとぼ登校する。

電車に乗ればぼーっと外を眺め。

こんな建物あったんだなとか、こんなところに公園あったんだなって思った。

いつもはまったく気づかなかった。

だって、桂醍と会話してたから。

いつだって、周りのことなんか見てなかったから。



学校に着けばまだ見えない彼の姿。

クラスの男子が話し掛けてきた。

「あれ?浅古一人?桂醍休み?」

「あ〜違うよ。桂醍彼女できたの。」

「えっ?」

「同じクラスの紀ちゃん。」

「マジで!あのかわいコちゃん!?」

「うん。」

「そっか〜やるね〜桂醍も。」

「だよね〜」

この人としゃべってても楽しさを感じないのは何でかな?

なんでこんなにつまんないのかな?

そう思ってるとき彼女と桂醍は仲よさそうにやってきた。

嬉しそうに微笑んで楽しそうに笑ってた。

(モヤモヤ)

胸の中が黒くなってく。

(モヤモヤしてる)

「おはよう紗帆ちゃん。」

「あっ、おはよう」

「おはよう紗帆」

「うん。」

今日はまともに桂醍の顔見れなかった。

まともに会話もできなかった。


昼休み屋上に足を伸ばす。

いつも居たあのカップルは今日はいないみたい。

だから・・・落ち着いた。

「あ〜あ。」

低い声。

いつもは反応してくれる声があるのに今日はない。

寂しいよ。

こんなにも、桂醍がいなくて・・・。

彼女が羨ましい。

これは何?

これは・・・――?

そんなとき、ふと扉は開き背の高い男の人が入ってきた。

その正体はこの前助けてくれた野中先輩。

あたしは思わずびっくりした。

「せっ先輩!」

彼はその声に気づき軽く微笑んだ。

相変わらず優しい表情だった。

「やぁ、こんなところで何してるの?」

「ちょっと教室はいずらくて・・・。」

「なんで?」

「ん〜気まずいから。」

「ふ〜ん。」

「・・・」

それからあたしは何も言わなかった。

でも、先輩は傍にいてくれた。

まるで桂醍みたいに。

桂醍みたいに返事も返してくれてた。

「・・・先輩はどうやって好きな人のことスキって思う?」

「俺?」

「はい。」

「・・・一緒にいたいなとか、笑顔がみたいなとか、傍にいなくて寂しいとかそんな感じかな?」

「・・・寂しい?」

「そう。俺さ〜幼馴染がいたんだ。」

「えっ?」

「その子のことずっとずっとスキだったと思う。でも、傍にいすぎて気づかなかったんだ。それでなんか急にあいつに彼氏とかできて凹んだ。いつも一緒に居たのに、いつも一緒に帰ったり遊んだりしてたのに、あいつは俺じゃない誰かのところで嬉しそうに笑ってたんだよね〜。んで、寂しいなって・・・好きなんだって今更感じだ。」

「・・・いなくなって初めて分かる気持ちってことですか?」

「俺にとってはそうだったんだな。」

そう言った先輩の表情はなんだかとても寂しそうででも、すっきりしてる感じ。

「・・・今先輩には彼女とかいます?」

「いないな〜。」

「・・・カッコいいのに。」

「なら、付き合ってくれる?」

「えっ?」

「俺勘が働くんだよね〜。」

「勘?」

「君さ〜俺みたいな感じじゃない今?」

「・・・」

「今まで一緒にいた人が傍にいなくなって、寂しいんでしょ?」

「・・・寂しいんですかね?」

「じゃなきゃ、こんなところ来ないでしょ?」

「・・・」

「だから、付き合ってみない?」

「・・・先輩好きな人いないんですか?」

「まぁ、あいつ以来してないっていうか・・・。」

「・・・寂しいもの同士くっつくってことですか?」

「まぁ、俺らならお互いの傷が癒えそうじゃん?」

「・・・傷?」

「君は気づいてないんだよまだ。きっとさ・・・君はその居なくなった人のことが・・・――なんでしょ?」

あたしは耳を塞いだ。

一番重要な部分。

一番聞きたくない部分。

先輩はそんなあたしを見て抱きしめた。

温かい。

すっごく温かかった。

「・・・本当はさ、もう気づいてるんだろう?」

「・・・」

「その彼に対する感情がなんなのか・・・。――だってこと。」

「・・・」

「まぁ、これ以上言って君が傷つくのは嫌だな。俺と付き合わない?」

「・・・付き合ったらこの寂しさはなくなるの?」

あたしの声はなんだか震えてた。

「寂しくさせないよ。俺が。」

そういって先輩はもっともっとあたしを抱きしめた。

強く強く。



その日あたしは一応報告してみたり・・・桂醍に。

「けっ桂醍!」

帰る寸前ちょっと呼び止めてみた。

彼はビックリしながらも寄ってきてくれた。

彼女を待たせて。

「ん?どうした紗帆。」

「・・・あたし、彼氏できた!」

「マジ」

「うん!」

「だれだれ」

「この前話した先輩。」

「そっか・・・。」

「だから、心配なんかしないでよね。」

「・・・おう。」

「これで・・・おアイコだから。じゃ。」

手を振ってさよなら。

もうわかってたんだよ。

あたしが桂醍に対する感情がもう友情じゃなかったってこと。

いつからなんてわからない。

それでも、一緒にいて楽しかったのはいつだってそうだった。

(傍にいることが当たり前なんて思ってた罰かな?)

あたしは静かに泪を流した。


次の日からあたしたちはまったく会話なんかしなくなった。

教室でも目が合っても何もなかったかのように振りまくった。

昼休みには決まって先輩のもとに向かった。

いつも愚痴ってた。

いつも甘えてた。

桂醍とは全然違う・・・大人だった。

「・・・紗帆ちゃんはさ〜結構一途なんだよ。」

「えっ?」

「きっと、当分俺のこと好きにはなってくれないんじゃないかな?」

「そっ、そんなこと!」

「だって、俺のこと男って意識したことある?」

「えっ?」

「いつも甘えて・・・いつも身体授けて・・・。」

「・・・そういう先輩はどうなの?」

「ん?俺?」

「あたしのこと好きじゃないでしょ?」

「・・・ん図星だね。」

「「あはは♪」」

お互い笑った。

あの日から少しずつ少しずつだけど寂しさは消えてる。

これはなぜだろう?

桂醍を見るたび潰れるこの胸。

でも、どうしようもなかったから。

教室にいけば、紀ちゃんと桂醍のイチャイチャ振りがすごかったから。

「じゃ、そろそろね」

そういって先輩は立ち上がる。

あたしの手を掴みあげてくれた。

優しい人なのに駄目だ。

あたし、桂醍じゃなきゃ駄目・・・。

いつしか、本気でそう思ってた。

叶わないのにね。

もう・・・届かないのにね。



放課後なんだかあたしは泣けてきた。

空を見上げればあのときと同じように星が見えてきてる。

まだ、そんなに暗くないけどもうじき闇になる。

苦しいよ。

こんなにも・・・切ないよ。

そう思っていたとき、ふと扉が開く。

そこに見える人影。

あたしはビックリした。

だって、桂醍がそこに居たから。

「あれ?紗帆?なんか泣いてる?」

そういって彼はあたしに駆けつけてくれた。

そっと差し出されたハンカチ。

今も変わっていないこの優しさ。

あたしは余計胸が苦しくなった。

この優しい手で彼女にはどうやって触れてるのだろうとか、もうどこまで進んだのとか、キスはしたのとか・・・醜い感情がドロドロ出てくる。

そのせいであたしはもっともっと泣いちゃった。

ハンカチは受け取れなかった。

「・・・いい。」

断れば強引に渡そうとする彼。

「いいってば!」

思わず強く叩いた。

叩く気なんか全然なかった。

でも、彼女と同じように優しくされるのは嫌。

あたしだけに・・・笑ってよ。

あたしだけに話し掛けて?

あたしだけに優しく手を差し伸べてよ。

あたしは、先輩の優しさよりもアンタの、桂醍の優しさが一番なのに・・・こんなにも今は桂醍の優しさが胸に刺さる。

桂醍の表情は重かった。

その表情見るともっともっと心は沈んでいった。

なんで素直になれなかったんだろう?

なんで付き合う前に――って理解できなかったんだろう?

今はこんなにも胸がいたい。

ずっと、友達だったのに・・・。

今はそれ以上一緒にいたい。

そう思うのは桂醍だけなのに・・・傷つけちゃった。

桂醍のこと傷つけちゃった。

「どっどうしたんだよ紗帆?先輩となんかあったのか?振られたとか?なんで俺に相談しないんだよ?俺達友達だろ?」

「・・・」

「ほら、いつものように俺の胸で泣け!今までだってそうしてきたじゃん。」

「・・・」

「さっ紗帆?」

あたしの泪は枯れることなく流れ続けた。

ずーっとずーっと制服に染み込んでいった。

そのとき・・・唇に伝わる温かい熱。

あたしは思わず泪が止まった。

「っ!」

あたしは・・・桂醍とキスした。

「なっなんで!?」

「・・・わかんない。」

「ノリっ!?」

「・・・わかんねー。」

「!最低!」

そう言って桂醍のもとから離れた。

彼はあたしのこと呼び止めもしなかった。

(なら・・・ノリってことじゃん。)

胸がさらに痛くなった。



               ♪ 

                 最近よくわからなかった。

高校も一緒になれて、嬉しくて冗談言い合うのが当たり前だと思ってた。

でも、クラスの男子と紗帆の話してて・・・かわいいとかいうやつが多くて、正直嘘だろって思った。

可愛い特徴とか言われて見てみた。

でも、何も感じなかった。

それから、可愛い子がいて、目に入って気になっていく。

紗帆は応援してた。

だから、俺も紗帆の応援するつもりだった。

でも、友達が可愛いとか、付き合いたいとか呟くたびにイライラしてた。

ずっと、なんかむかついてた。

それから、彼女ができた。

正直嬉しかった。

嬉しくなかった。

だって、紗帆はとくに何も言わないでよかったじゃんって言うから。

もう一緒に帰らなくていいって言うから。

でも、それからあいつにも彼氏できたの聞いてまたイライラしてた。

ずーっとずーっとなんか・・・モヤモヤしてた。

彼女と一緒に帰ってても、同じ空を見上げても浮かぶのは最後に帰ったあの日だけ。

いつだって一緒に居れると思ってた。

勘違いしてた。

今日あいつの泣き顔見て、なんか苦しかった。

俺の知らないところで傷ついて、泣いてたのが悔しかった。

いつだってあいつは・・・彼女は俺の痛みを分かってくれてて、支えててくれたのに俺は彼女の弱さに気づかなかった。

もう何年も一緒にいるのに。

もう何年も友達やってたのに・・・。

今はもう友達って気もしない。

会話できなくなって寂しかった。

昔の話で盛り上がったり、同じ趣味で盛り上がったりできなくて寂しかった。

もしかしたら・・・紗帆のことずーっとずーっと前から――だったのかも。

自然に動いた体。

自然と触れた彼女の唇。

愛しかった。

俺は・・・あいつと一緒に居たい。

やっと・・・気づいたんだ。

あいつの存在の大切さに。



               ♪ 

             家に着くなり寝転がるベット。

もうわけがわからなかった。

桂醍のことわからなくなった。

彼は一途な人だったのに・・・。

ノリとか絶対になくて、好きな人にしか照れるようなことはしないのに・・・あたしとキスした。

もう信じられなかった。

桂醍も・・・あたしの心も・・・。

だって・・・嬉しいなんて思っちゃったから。

一応先輩と付き合ってるのに・・・嬉しいなんて、もっとキスしたかったなんて思っちゃうから。



あんなことがあってから余計桂醍とは顔あわせてない。

だって、どうしていいかわからないから。

もうなにも信じられないから。

「・・・紗帆ちゃん。」

不意に声が頭からふってきた。

あたしは顔を見上げる。

すると久しぶりに見る紀ちゃんの顔。

あたしはなんだか罪悪感でいっぱいだった。

「・・・紀ちゃん。」

「・・・聞いちゃった。桂醍くんから。」

「えっ?」

「キスしたって。」

「・・・」

「ねっ?あるんだよ。女と男は。」

「うん。」

「でもね、桂醍くんはそんな人じゃなかったんだよね。」

「?」

「あたし・・・振られちった。」

「えっ?」

「好きな子がいるって。あいつじゃないと駄目なんだって。」

「・・・」

「誰のことか分かる?」

「・・・嫌だ。」

「えっ?」

「考えたくないよそんなこと。」

「紗帆ちゃん?」

「今更・・・信じられないよ。」

「・・・」

「わかんないんだもん。あいつの気持ちも、あたし自身の気持ちも。」

「・・・紗帆ちゃん。」

名前を呼んであたしの目を見つめた。

あまりにも真剣なその表情から視線を外すことはできなかった。

それから少しして

バシッ

痛みが頬に伝わってきた。

クラスの回りも唖然としてた。

「・・・馬鹿!もう気づいてるんじゃん!何逃げてるの!?お前それでも女か!恋する乙女か!あたしに悪いとか思わないの!まだあたし好きなんだよ!結構本気だったのに!」

紀ちゃんの思いがじわじわ伝わってくる。

胸の中が熱くなる。

「・・・うん、うん、うん。」

あたしは思わず馬鹿みたいに頷いちゃった。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

「・・・分かればいいの!」

不器用な優しさ。

嬉しかった。

すっごく、嬉しかった。

でもね、あたしは簡単に素直になれなかった。

結局・・・紀ちゃんに殴られて気持ちを認めたあの日から余計桂醍とは目が合わせられなくなったの。

馬鹿だよね。

でも、これがきっとあたしの正体。

本気で好きな人に――っていえない始末。

あたしは先輩と関係を保ったまま。

桂醍の考えがわかんないよ。

だって・・・何も言ってこないんだもん。

紀ちゃんの勘違いじゃない?

間違いだよやっぱり。

桂醍はいつだってあたしを見てはいなかった。

ただの友達だったんだよね。



そんな関係は長く続いた。

だってもう・・・夏休みを迎えようとしていた。

「・・・ふぅ。」

いつもの屋上。

あたしは先輩の肩に頭を乗せる。

その上に重なる先輩の頭。

この瞬間がいつも安心できてた。

だってホッとするから。

独りじゃないって思うから。

「・・・どうした?溜息?」

「・・・う〜ん。」

「つうか、結構前から元気ないだろ?」

「うん。ちょっとね。」

「・・・紗帆。」

「はい?」

「俺らってさ〜恋人だっけ?」

「う〜ん。一応。」

「夏休みとかデートする?」

「・・・先輩はしたいの?」

「普通。」

「・・・それってさ〜変だよね。」

「だよな。」

「・・・あたしたちってなんなんだろう?」

「・・・寂しい同盟?」

「ぷっ!」

「あはは♪」

まるで兄弟みたいな感じ。

あたしはいつもそう思ってた。

先輩といるときは安心できた。

なんか、昔に戻った気がして・・・。

小学校の頃とか、よく一緒にいて・・・安心できてた日々が浮かんだ。

「・・・別れよっか俺ら。」

「・・・う〜ん。なら・・・もうここで会えないの?」

「違うよ。だって俺ら全然恋人っぽくなかったじゃん?」

「うん。」

「それに・・・紗帆の寂しさも少しずつ消えたみたい。」

「うん。」

「俺もそうなんだ〜♪」

「えっ?」

「実はさ・・・前話してた片思いの子いたじゃん?」

「うん。」

「うまくいきそうなんだよね♪」

「うわっ!先輩ひどくない!あたし仮にも彼女なのに二股!?」

「紗帆だってそんな感じじゃん。」

「げっ!」

「図星だろ」

「・・・う〜!」

馬鹿言って冗談言って楽しいのに・・・やっぱり寂しいの。

比べちゃうの。

こう話したらいつもならこういい返すでしょとか・・・桂醍だったらこうなのになって比べてる辺りが寂しいの。

もう夏休みか。

もう・・・会えなくなるんだね・・・当分。


その後あたし達は別れる。

だって、スキじゃなかったもん。

本気じゃなかったもん。

ただ、お互いの存在が大切だったのは確かなこと。

あたしは・・・先輩のおかげで楽しかったから。



終業式。

成績配られてもう下校。

もう・・・バイバイだよ。

あたしは少しだけ窓の外を見つめた。

まだ全然明るかった。

あの日とは大違い。

「はぁ。」

溜息なんか零れちゃった。

「ねぇ浅古。」

とんとんと肩を叩かれる。

あたしは降り返る。

そこには最近口数が多かった男子・・・名前は覚えてないけど。

「明日とか俺と遊ばない?」

「なんで?」

「うわ〜!本気で気づかなかったとかないよね?」

「・・・なにが?」

「俺が浅古のこと好きなこと。」

「・・・へっ?」

その言葉を聞いた瞬間あたしは顔を真っ赤にさせた。

沸騰するぐらい一気に熱くなった。

「うわ・・・マジで気づかなかったんだ。」

「うっ・・・ぅん。」

「まぁ、そんなとこも可愛いけど・・・俺改めていうけど、浅古のこと好きなんだ。だから、夏休みとか会えないの辛いの。付き合ってくれない?」

ほんの数秒の間。

あたしが答えようと口を開いた瞬間だった。

懐かしいあの日のようにあたしの腕を掴む桂醍。

「「えっ?」」

あたしはすぐにクラスメイトから離された。

しかも・・・連れていかれた。

「ちょ!桂醍!俺はまだ会話の最中だ!」

教室から彼の声。

あたしは困った。

だって久々だったから。

彼に会うのも・・・腕を掴まれるのも。

触れてるところが熱い。

ただ触れてるだけなのにこんなにも熱い。

ドキドキしてる。

全然落ち着かない。

安心なんかできなかった。

「けっ桂醍!」

あたしが叫ぶと彼は止まった。

振り返らずそのまま静止した。

「なっなんなのよ!あたし返事してない!」

「・・・ぃくなよ。」

「えっ・」

「・・・行くなよ。」

声がよく聞き取れなかった。

こっちを向いてない分余計。

あと・・・あたしの心臓の音がうるさくてね。

「なっなに?」

「だから・・・行くなって言ってんだよ。」

「・・・関係ないし。桂醍には。」

「彼氏はどうしたんだよ。」

「別れたよ。」

「・・・」

「離してよ。」

「・・・」

「桂醍・・・離して。」

本気でそんなこと思うはずもない。

だって、嬉しいんだもん。

呼び止めてくれて、ヤキモチでも妬いたのかなって。

でも、彼は何も言わず怒ってる。

だからつい・・・反抗しちゃうの。

なんでこんなときこそなのに・・・言えないんだろう?

――ってだけなのに。

たった二文字なのに。

「・・・俺さ・・・」

「ん?」

「・・・なんか分かったんだ。」

「えっ?」

「・・・俺・・・紗帆が好きなんだよ。」

思わずあたしが固まった。

それから次の瞬間、彼は振り向きあたしを抱きしめる。

ぎゅっと強く。

胸の鼓動が聞こえるくらいに・・・抱きしめた。

「えっ!えっ!」

「・・・本当はずっと前からそうだったのかもしれない・・・彼女できたときも、あんま嬉しくなかった。彼女と一緒に帰ってても・・・楽しくなかった。初めて、お前が居なくて・・・寂しいって思った。」

「!」

「だから、行かないでくれ。俺のところに・・・俺の傍に居てくれ。俺はお前が必要なんだよ。お前がいなきゃ・・・紗帆がいなきゃ寂しいんだよ。」

驚くべき桂醍の本音。

あたしの胸の鼓動も早くなった。

「うん。うん。」

頷けば驚いた顔してあたしを見つめる桂醍の瞳。

「あたしもずっと・・・桂醍のこと好きだった!」

やっと言えた。

やっと吐き出せたたかが二文字の言葉。

たかが二文字なのに・・・こんなにも嬉しい言葉なんて思いも知らなかった。

想像もできなかった。

たったこれだけ。

でもこんなにも胸が飛び上がる。

「うお!やった!」

それから桂醍はすごく喜んだ。

子供みたいに。

はしゃいだ。

「ならこれからまた一緒に帰るんだろ?」

「あはは♪当たり前じゃん。」

あたしが笑えば桂醍も笑ってなんだか心地いい。

ふわふわ。

心がふわふわ。

気持ちが通じるってこういうことなんだろうね。

嬉しくなってふわふわ。

「じゃ、帰ろうっか。」

「うん。」

桂醍が差し出す優しい手。

あたしはすぐに掴んだ。

「あっでも・・・さっきの人の返事してないよあたし。」

「・・・大丈夫だろ。」

「なんで?」

「だって俺ら両思いだし。そのうち気づくもんだよ。紗帆みたいに鈍感じゃなかったら。」

「えっ!鈍感!?」

「そうそう。俺前にも言いかけた言葉あったじゃん。」

「・・・あっ!あの時か!」

「そう。それだよね〜。」

「・・・あたしって鈍感なんだ。」

「おうおう。」

「・・・そっか、だから桂醍に対する気持ちにも気づかなかったのか。」

「・・・そしたら俺もじゃん。俺だって紗帆に対する感情なにかわかんなかったしね。」

「・・・そういえばね、聞きたいことがあったの。」

「ん?」

「あのときのキスは・・・ノリ?」

急に赤くなる桂醍の顔。

思わず聞いたあたしも照れてしまった。

「バーカそんなわけねーだろ!本気だよ。」

腕で顔隠しながらも本気で答えてくれる桂醍。

なんか嘘みたいだった。

「そっか♪」

あたしは嬉しくなってつい頬の筋肉が緩む。

その瞬間唇に伝わる温かい温もり。

優しい吐息を感じた。

『いつからお互いがスキだったなんてわからない。

でも、お互いの存在が大切に変わったとき、気持ちは少しずつずれていくのかも。

友達から恋人へ。

大切な人へ。

もう大丈夫だよね?

気づいたから。

あたしたち・・・本当の気持ちに気づけたから。

だから・・・大丈夫だよね♪

これからもあなたと・・・

これからも君と・・・

ずーっと一緒に。

ずーっと傍にいて支えて欲しいって思う。

それはあなたが

       君が

          ただただ・・・好きだから。』

     ☆ The End ☆












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