You Be Drowned





高校最後の夏休みだった。

夏期講習が学校で行われていて進学コースの俺はいつも学校に足を進めていたんだ。

進路なんかどうでもよかったんだ。

ただ入れる学校に入らないと男はなかなか働けないからだから適当に生活してた。

真っ暗に曇った空。

冷たい雨。

空を見上げればこんなにも広いのに俺の立っているこの場所はすごくちっぽけに見えた。

そんなちっぽけなところにいる俺はもっとちっぽけだった。

視線を前に直し校舎に入ろうとしたときふと水しぶきの音がした。

その音に誘われるように俺はプールサイドに向かった。

ふと覗けばそこには泳いでいる女子の姿。

雨に打たれながらも平然と泳ぐ彼女の横顔。

なんだかすごく綺麗だった。

俺は思わず見とれてしまった。

「あれ?横渚 和輝(ヨコスカ カズキ)じゃん。」

泳ぎ終わった彼女は俺の視線に気づいたのか知らないけど俺のもとに寄って来た。

長い髪の毛から垂れる雨の雫。

より色っぽく見えた。

「・・・よっよう。」

俺は照れを隠すように挨拶した。

彼女はしばらく返事をしなかったが、

「うん。」

と返してくれた。

綺麗に見えた彼女の正体は同じクラスの高須賀 小枝(タカスカ サエ)。

いつもは普通の顔で眼鏡かけてて三つ編みでいかにも地味なのに今日だけはそんな風に見えなかった。

だからだと思う・・・可愛いなんて思ったのは。

ただ・・・ギャップに惹かれたんだと俺は思い込んだ・・・その時は。

「ねぇ横渚。」

不意に彼女が呼んだ。

「ん?」

「あたしたちって・・・名前似てるよね?」

「ああ・・・高須賀に横渚だもんな。」

「だからね・・・和って呼んでもいい?」

「えっ?」

「なんか横渚って・・・自分が呼ばれてるみたいで嫌なんだもん。」

雨に打たれながらも表情ひとつ変えず話す彼女。

なんだかそれだけで愛しさが込み上げてきた。

「・・・いいよ別に。」

俺は頭をかきながら・・・彼女と視線を合わせないようにしながら言った。

「えっ本当?」

いかもに嬉しそうな彼女。

「・・・じゃ、俺は小枝でいい?」

「・・・うん♪」

微笑んだ顔はまるで天使のように可愛くて胸を貫かれた気分だ。

ドキドキした。

いつもは地味な彼女に・・・ドキドキした。

「・・・えっと・・・和?」

照れた感じの彼女。

「ん?」

「和って夏期講習でしょ?」

そう言われて時計を見る・・・焦った。

あと1分で始まろうとしていた。

「ああああああああ!!!!!!!!!!」

俺は唸った。

唸って唸りながらその場を離れた。

いつもは余裕があったのに。

彼女のことなんか眼中にもなかったのに・・・。

あの場にもう少し居たかったと思ってる。

一緒に居たかったって・・・考えてた。



遅刻した。

怒られた。

受験生だろうがって・・・これで試験を遅刻したらどうするんだって・・・説教も始まった。

でも、俺は遅刻したことを後悔してない。

会話しなかったら・・・名前で呼べなかったかもしれないし。

こんなにも嬉しい気分にはなれなかったと思うからだ。

説教から開放されてまた訪れるプールサイド。

彼女の姿があった。

「・・・小枝っ!」

俺は思わず叫んでしまった。

彼女は俺に気づいた。

気づくと嬉しそうに笑ってぺたぺたと俺の近くに来てくれた。

「和♪遅刻したでしょ。」

笑いながら耳に響く声。

「おう。」

俺はなぜか胸をはって言った。

「ださいな〜もう」

呆れた感じ。

でも、楽しそうにしてる彼女。

俺はそれだけで嬉しかった。

雨なんかへっちゃらだった。

「小枝は寒くないのか?」

「あ〜うん。あたし雨好きだから。」

「ふうん。」

「・・・和も泳ぐ?」

「えっ無理無理!俺あんま泳げないし!」

「そうなの?」

「おう・・・。」

「だっさ〜い。」

カチン

「何!?」

「女に負けてるようじゃおしまいだよ。」

ガ〜ン!

「言ったな!」

「うん。」

「なら俺も明日から泳いでやる!そして小枝に勝つ!」

「勝てるもんならね♪」

「見てろよ!」



こうしてこの日から俺は水泳特訓が始まった。

もちろん夏期講習があったわけで俺はそれが終わってから一緒に泳いだ。

水着を持ってきて、更衣室で着替えて準備オッケー。

プールサイドに立つたびに見れる彼女の水着姿と笑顔。

なんだか柄にもなく嬉しかった。

いつも三つ編みだった彼女の髪型はひとつに結ばれていてほんのりウェーブ。

手を伸ばして触ってみたかった。

「さて、和はどれくらい泳げるの?」

見とれていたときだった。

彼女は俺に・・・尋ねたのだ。

「えっああ・・・25。」

「えっ!25M!?あたし100は余裕だよ!」

「マジ!」

「うん。」

「・・・負けるかも!」

「始めから弱気?」

「・・・いいや!勝つ!みてろよ!」

それから俺の特訓は始まった。

息継ぎの仕方とか簡単な方法を教えてもらったりしゃべったり。

なんだか全然彼女に対する印象は変わっていった。

地味だなんて・・・そんなのまったくなかった。

こんなにも可愛らしい顔で笑って結構漫画とか読んでて話が合う。

彼女との会話が毎日の楽しみだった。

この夏休み俺は泳ぎに来てるようなもん。

彼女に会いに来てるようなもん。

それが目的だった。

だんだん知っていく彼女の姿に心は奪われていった。

毎日5時くらいまで泳いで送るのも日課。

もう理解した。

彼女が好きだって。

ふとした表情も優しい眼差しも全てに俺は惹かれていた。

「あっ和!いい調子!」

泳いで泳いで、記録が伸びれば彼女は嬉しそうに微笑む。

その笑顔を見るために俺は必死だった。

「ぷはっ!」

泳ぎ終えた俺はちょっと休憩。

交換で小枝がプールに飛び込む。

浅いプールなのにぎりぎりで当たらない彼女の姿。

人形のように泳ぎが綺麗だった。

そんな風に見つめていたとき、ふと彼女が叫んだ。

「あっ!」

俺はびっくりして何かあったのかと思いプールに飛び込む。

彼女の方に近づけば、束ねてあった髪が下ろされていた。

「ゴム切れちゃった。」

ボサボサになった髪を手でまとめながら軽く笑う彼女。

俺は思わず彼女の髪に触れた。

「長い髪。」

「うん。」

「なんで教室では眼鏡に三つ編みなんだ?」

「だって、あたしずーっと地味っ子やってきたからさ、高校に入って今時になるのは変かな〜って思ったんだもん。」

「ふうん・・・可愛いのに。」

「えっ?」

「下ろしてて、コンタクトの方が可愛い。」

言って気づいた。

(俺!何言っちゃったの!?)

彼女の顔は赤く染まり、俺の顔も見る見るうちに赤くなった。

「・・・嬉しい♪」

照れたように笑いながらしゃべる彼女。

「和にそう思ってもらえるだけで嬉しいよ。」

あまりの可愛さに俺は彼女をぎゅーっと抱きしめた。

「かっ和!?」

「やべ〜可愛い。」

「えっ!」

「小枝可愛い。」

彼女の顔が見えない分沢山の言葉が出た。

素直な気持ち。

彼女だけに対する気持ち。

何度も強く抱きしめた。

それから少しして俺にも腕が回ってきた。

そっと彼女が抱き返してくれた。

「和もカッコいいよ。」

不意に誉められ照れる。

(なんか、バカップルみたいじゃん!)

抱きしめて、抱き返してくれる・・・それって彼女も俺と同じ気持ちなのだろうか?

スキってことなのかな?

好きになればなるほど不安になる気持ち。

怖くなる気持ち。

愛しいのに、傍にいたいのに、それ以上のことを望んでる。

今隣にいるのに・・・不安なんて。

それほど俺は・・・彼女に溺れていたんだ。



夏期講習もだんだん終わりに近づいてきて、夏休みもあとわずかになった頃、俺はやっと彼女に泳ぎが追いついたんだ。

「和いい感じ!」

俺の泳ぎの成長を熱心に教えてくれて、なんだか嬉しかったし、それだけでもない気がした。

50M泳ぎ終わると彼女は嬉しそうに俺のそばに来て微笑む。

俺は少し意地悪して彼女を引っ張った。

バシャッとはねる水しぶき。

彼女はプールに落ちた・・・というか、俺が落とした。

「ぷっぷは!」

彼女はびっくりしたようで大分戸惑っていた。

それから少し俺を睨みつけ水をかけてきた。

「和の意地悪!」

「ずーっと教えてるのが悪いんだよ。」

「だって・・・和下手なんだもん!」

「なっ!そうだとしても一緒に泳いだ方が楽しいじゃんか!」

「もう!」

そう文句をいいつつも、彼女は楽しそうに笑った。

「小枝?」

「な〜に?」

「あと少しで夏休み終わっちゃうけどさ・・・」

「うん。」

「俺が泳ぎで小枝に勝ったら、聞いて欲しいことがあるんだけど。」

きょとっとした彼女の表情。

でもにっこり笑って

「いいよ」

って言ってくれた。 「負けちゃったらどうするの?」

なんて意地悪もあったけど、

「負けない。男だから!」

なんてカッコつけといた。

「あはは♪楽しみだな。」

何度も目に焼きつく彼女の笑顔。

あの雨の日プールサイドに来なかったら、彼女と出会わなければつまらなかった夏休み。

でも、今彼女が目の前にして、しかも恋をして、受験だけどこれこそ学校での青春って感じだ。

(俺は、告白する!)

そう胸に込め、俺は何度も泳いだ。

彼女を想って。



夏休み最終日。

俺は夏期講習を終わらせプールに行こうとした時、クラスメイトの男子が俺に笑って話し掛けてきた。

「和よ〜おめーあんな地味な女好きなのか?」

馬鹿にした声。

俺はムカムカした。

「だったらなんだって言うんだよ。」

「いや〜馬鹿だなって、俺ら受験生だぜ?あいつは専門組みで俺らとは求めてるものが違うじゃん?恋なんかにうつつ抜かしてていいのかよ?」

「べつにお前カンケーねーじゃん。」

「でも、よりによってあの三つ編みに眼鏡女だろ?ぷはっ!笑える!」

その瞬間、俺は自然と身体が動いた。

・・・殴ってしまった。

「いっ痛て!このヤロ!」

それから反撃も食らった。

何度も殴られて、殴ってついには教師に止められた。

もう時間がないのに。

夏休みが終わっちゃうのに説教は何時間も続く。

彼女に会いたいのに。

この気持ちを伝えたいのに・・・時間は待ってくれない。

一刻一刻と時計は時を刻む。

終わった頃にはもう辺りには誰も居なかった。

走ってプールサイドに向かう。

電灯が付いてて、水が綺麗に反射してた。

プールサイドに立てば彼女の気配はなかった。

「マジかよ!」

静まり返ったプールサイド。

俺はやるせない気持ちで泳ぎ始めた。

パシャパシャ水しぶきが鳴る。

25M・・・50M・・・彼女が泳いだ100M。

せっかくここまで泳げるようになって、勉強よりも大切なもの見つけたのに、それを掴めないで終わろうとしていた。

「すーっ小枝!」

息を吸い込む。

「好きだ――――――――――――――!」

学校中に響き渡るほどの大声でひたすら叫ぶ。

「お前の笑顔が好きだ―――――!お前の優しさが好きだ―――――!全部好きだ―――――!」

もう恥じなんかなかった。

ただ、彼女が愛しい。

それだけで十分だった。

「はぁ。」

言い切るとすっきりしたもんで、俺はプールの中に飛び込んだ。

底に横になって上を見てみれば水に反射した満月が顔を出している。

(綺麗だな〜)

ほんの少し泣けてきた。

馬鹿なことしたなって。

殴らなきゃ良かったなって・・・。

そう悩んでいたとき、ふと水に映った満月は揺れる。

バシャッと誰かが入ってきた。

(小枝!)

驚くべきことにその正体は小枝。

洋服のまま彼女は俺の腕を掴み、プールサイドにあげた。

「さっ小枝!まだいたの!」

俺はびっくりした。

ここに彼女が居るイコール・・・彼女はさっきの告白をきいていたのかもしれない。

「和遅い!帰ろうかと思ったのに・・・なのに・・・」

しゃべっている途中、彼女はだんだん顔を赤く染めていく。

「好きだって・・・聞こえた。」

そう言った瞬間、彼女はもう真っ赤で思わず俺はぎゅーってなった。

そしてそのまま彼女を抱きしめた。

ぎゅーって強く・・・抱き寄せた。

「だって、好きなんだもん。小枝が好きなんだもん。」

子供のように泣きつく。

「かっ和。」

そっと腕が回ってくる。

彼女も同じ気持ちなのだろうか?

あの日もこうして抱き合ったよね?あの日と同じ気持ちなのだろうか?

「小枝は?」

「えっ?」

「俺のこと・・・好き?」

「・・・」

彼女の返答はなかった。

そのとき俺は確実にショックだった。

舞い上がっていたのはきっと俺だけで、毎日泳ぐこの時間、楽しかったのはきっと俺だけ、それがすごく寂しかった。

そんな瞬間、そっと唇に柔らかい感触。

目の前には愛しい彼女。

重なる唇。

「・・・好きだよ。和のこと。」

染めた頬で微笑む彼女。

「ほっほんとに!?」

「うん♪大好き。」

「あ〜!」

目を瞑ってキスして、抱き寄せ合って確かめ合って・・・。

愛を感じた。

「ごめん、洋服濡れちゃったな。」

「いいよ。和のせいじゃないもん。飛び込んだのあたしだし。」

「でも・・・下着透けてる。」

「馬鹿。」

冗談いい合って、初めて掴んだ幸せ。

「あ〜俺もう駄目だ。」

「ん?」

「溺れてるよ。」

「えっ?平気?」

「じゃなくて・・・小枝に溺れてる。」

「えっ?」

「もう少し呼吸をください。」

自分でも恥ずかしい、でも精一杯。

「くすっいいよ。」

笑いながらそっと彼女の顎に手を触れる。

顔を傾け交わす愛。

柔らかく温かい彼女の唇。

余計溺れた。

「和。」

「なに?」

「これからもよろしくね♪」

「おう!大切にします!」



The End










←戻る